Case Study
事例紹介

花火職人の伝統技と思いを未来へ紡ぐ

【企業名】トヨタ自動車株式会社
【活動期間】2024年5月~
【共創先】有限会社糸井火工

須賀川市で花火を作り続けている“有限会社糸井火工”。
明治時代から受け継ぐ伝統の花火は多くの人の心に寄り添い、たくさんの笑顔を生んでいます。
「花火の数をもっと増やし、たくさんの人に届けたい、『双葉町花火大会』を来年以降も続けていけるような仕組みを構築したい」――。
そんな課題を解決しようと、トヨタ社員3名が立ち上がりました。

キックオフ:「花火づくりの現場を知る」

2024年5月、トヨタのプロボノメンバーが糸井火工を訪れました。

話し合いの中心となったのは、花火づくりの現場で抱える課題です。
分業による連携の難しさ、品質のばらつき、生産効率の向上、人材育成――。
これらを整理しながら、「現場の可視化」と「モチベーションを高める仕組みづくり」を軸に改善の方向性を探りました。

また、9月に開催する「双葉町花火大会」の成功に向けて、協賛金の獲得、有料観覧席の価値づくり、地域ネットワークの形成を共創テーマとして設定。実際に会場となる双葉町にも足を運び、報道でしか見たことのない帰宅困難区域の現状を確認しました。

10年、20年先も進化し続けるための土壌づくり

活動当初、プロボノメンバーが感じていたのは糸井火工が持つ「職人としての誇り」と「強い前向きさ」でした。花火づくりや技術への自信、日本の伝統文化を守るという使命感が社員から伝わり、モチベーションの高さを感じたようです。

一方で、課題も見えてきました。
社長が先頭に立って進む中で、思いが社内に十分に届いていない現状が明らかに。また、手作業が多い製造現場では品質が「個人の技」に左右される部分も大きく、作業基準があいまいなため、どこに力を注ぐべきかが見えにくくなっていました。

そこで、糸井火工の社員の思いを大切にしながら「誰もが同じ品質でつくれる仕組み」と「職人がより創造的な仕事に時間を割ける環境」を整えるお手伝いをしたいと考えました。
生産性向上の「技」を一緒に実践し、10年、20年先も進化し続けるための土壌を築く――。そんな願いを込めて、プロジェクトが進められました。

現状把握

糸井火工が抱える大きなテーマは2つ。
ひとつは自社玉の生産数を増やすこと。
もうひとつは、自分たちで立ち上げる双葉町花火大会を、来年以降も継続できる形にすること。

糸井社長が描く課題や理想は、社員の皆さんに十分に伝わっていませんでした。
「社長は常に前を見て走っているけれど、メンバーがついていけていない」――。
そんな状態を図式化しながら整理をすることに。

その中で5つのポイントが見えてきました。
①社長はどんな足場でも前へ進もうとするリーダー
②発信は主に社外向けで、社内への共有が少ない
③社長と社員の距離がやや離れている
④現場の社員は日々の業務に追われている
⑤結果として、社長の声が届きづらくなっている
この状況を改善するため、チームは「トヨタ生産方式(TPS)」「トヨタの問題解決(TBP)」「フィロソフィーコーン(行動原理の可視化)」の3つの強みを軸に支援を進めることにしました。

課題①:生産性向上 ― 自社製造玉数の増加へ

職人の手作業で一玉ずつ丁寧に作られる花火には高い技術が求められる一方、品質が個人の感覚に依存しており、効率化の難しさが課題でした。

まずは、トヨタの問題解決手法(TBP)を活用し、生産する花火玉数のあるべき姿として「花火演出構成の黄金比(号数・種類)を自社玉率○○%とする」という目標を決定。
次に、トヨタ生産方式(TPS)を活用し、生産工程のばらしを行い、製造過程の視える化を図りました。ボトルネックとなっていた工程が明確になり、カイゼン余地のある作業が可視化されました。
こうしたステップを経て、2029年度までに目標を達成するための5か年の具体的な行動計画を作成。職人の技を大切にしながら、品質も担保しつつ生産性を上げるための仕組みづくりが始まりました。

課題②:双葉町復興祈念公園での持続的な花火大会開催 ― 協賛金集めと魅力向上

2つ目のテーマは、原子力発電所の事故による避難地域に指定された双葉町において新たに開催する花火大会を継続させていくための仕組みづくり。
「良い花火大会とは何か?」をテーマにブレインストーミングを行い、来場者が安心して楽しめる工夫(大会プログラムの明示、迷子札の導入など)をリストアップしました。

また、協賛金集めの方法についても議論を重ねました。
「なぜ双葉町で花火をあげるのか」という思いを明確にし、復興祈願や能登へのエールというメッセージを大会HPで発信。その上で、協賛企業の理念と大会の趣旨を重ね合わせながら依頼することにしました。

課題③:糸井火工の未来を支える ― フィロソフィーコーンづくり

3つ目のテーマは、会社の理念を言語化する取り組み。
「技術をつなぐだけでなく、思いも次世代に残したい」という糸井火工の姿勢を形にするため、プロボノメンバーが糸井火工社員の声を集め、考え方や行動原理を整理しました。

完成したのが糸井火工としての指針「フィロソフィーコーン」。
中心には、“感動を、より多くの人に伝えていこう”というメッセージが据えられました。今後の発展を支える大切な土台となるもので、社員の主体性や社内意識改革に向けて役立つものが出来上がりました。

成果発表会

2024年10月。
活動の締めくくりとして行われた成果発表会では、双葉町で打ち上げられた花火の映像が上映され、取り組みの成果を象徴しました。

最後に糸井社長が「トヨタのみなさんの熱意が、社員たちの心を開いてくれた。普通のコンサルタントではここまでの成果は得られなかった」と感謝を口にしました。

さらに、今回の活動を通して感じた人とのつながりの大切さにも触れました。
「何よりもの成果は、新しい縁が生まれ、同じ目線で物事を進められたこと。トヨタは車をつくる会社ではなく、人をつくる会社なのだと感じた。花火をつくるのは人であり、その人が生み出した花火で感動させたい」と花火づくりへの思いを改めて語ってくれました。

おわりに

今回の活動を通して、糸井火工の皆さんが持つ「技」と「思い」に触れ、花火づくりの現場改善から地域に根づく花火大会の未来までを共に考える時間となりました。現場で対話を重ねる中で生まれたのは、数字では測れない信頼とつながり。
人がつくり、人が動かし、人を感動させる――その原点を改めて感じました。これからも互いに学び合いながら、福島の夜空に新たな光を灯していきます。

▶ 参考リンク
有限会社糸井火工(福島県須賀川市)
https://www.itoikako.com/

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